『元・新日本プロレス』(金沢克彦著、宝島社)は、小原道由、越中詩郎、片山明、大矢剛功、栗栖正伸、大谷晋二郎などの元在籍選手たちが、「新日本体験」と「その後」について語っているインタビュー記事ですが、個人的には、片山明の快挙をもっと伝えてほしかったと思いました。
「人生のリング」を追って
本書は、『元・新日本プロレス』(金沢克彦著、宝島社)という書名通り、新日本プロレス出身の6人の(元)レスラーの、在籍当時と今をインタビューしています。
登場するのは、アントニオ猪木でもタイガーマスクでもありません。
小原道由、越中詩郎、片山明、大矢剛功、栗栖正伸、大谷晋二郎など、1980~1990年代に新日本プロレスのリングに上っていた、知る人ぞ知る人々です。
今も現役としてリングに上っている人がいる一方、プロレス専門誌にも久しく名前が出なかった人も含まれるので、興味深いインタビュー集だと思います。
ただ、メンバーが興味深いだけになおさら、もっと突っ込んでいただきたかったなあ、と思える箇所もありました。
他の分野もそういう面はありますが、とくにプロレスマスコミには、一般の人たちにすべてを知らせようとせず身構え隠す癖が顕著で、それをもって「プロレス村」なんていう言い方もされます。
プロレスはショービジネスではありますが、「戦い」を前提とする複雑で微妙なジャンルです。
その微妙さは大衆に正しく理解してもらえないんじゃないか、とレスラーはいつも用心深くなっています。
その用心に負けて、もしくは気兼ねして、突っ込んだ取材をきちんとできていない、もしくはしても書けないのがプロレスマスコミです。
今回も、そんな遠慮が垣間見えました。
片山明のインタビューでわかったこと
たとえば、片山明(新日本プロレス⇒SWS、引退宣言をしていないので敬称略)へのインタビュー。
1992年1月5日、大阪府立体育会館の試合中に場外へのトペ・スイシーダを失敗し、頸椎を損傷(第4頸椎脱臼骨折)しました。
当時の報道では、首がぐにゃっと曲がった、というような表現ではなかったかと記憶しています。
その後、プロレスマスコミでは、片山明について報じられることはなかったのですが、本書では20年ぶりに本人がインタビューに登場しました。
読者とすれば、それだけでも本書を「でかしたぞ!」と思うでしょう。
しかし、残念ながら、同書には片山明のけがについて、現在車椅子生活であることと、頭突きのトレーニングをして首が太い、ということだけしか書かれていませんでした。
それでは、彼の20年間の苦悩をリアルに描いたことにはならないのです。
障碍者、片山明をもっと鮮明に描いてほしかった
片山明は、試合でトペ・スイシーダを失敗した事を、「一言で言うなら、練習不足。自業自得ですね」と自己批判。
ただし、「『レスラー引退』しているわけではない」とも発言しており、リハビリ施設の医師に許可をもらって、施設のサンドバッグに頭突きの訓練を繰り返していると語っています。
首を太くするトレーニングをして、プロレス中継を毎週見るところまで回復したとされています。
私は、てっきり片山明は脳挫傷も起こしてしまったということは、植物症か、意識はあっても寝たきりなんじゃないかと思っていました。
それが、インタビューにすらすら答えられるなんてすごいじゃないですか。
ですから、その事実は大変す晴らしいことですが、それだけですと、やっぱり「プロレス村」の記事にとどまってしまいます。
なんとなれば、それだけでは受傷の本当の深刻さが見えてこないからです。
大事故からの生還や社会復帰は、プロレス村の話ですませるものではなく、全国の遷延性意識障害、高次脳機能障害、その他、重い障害者手帳をもって、リハビリに励んでいる人たちへのメッセージになります。
高山善廣が、画像入りで近況をネット上に都度都度公開して話題になっていますが、片山明は事故直後はどうだったのか、そして、現在は具体的に何ができて何ができないのか。
今日まで、どんなリハビリでどの機能をどう回復させ、どの機能の回復が困難なのか。
障害者手帳は何級なのか。
要介護の種別や介護度の認定は、20年間に変化があったのか。
そのときどんな思いが自分を支えたのか、などをきちんと聞き出し、掲載してほしかったと思います。
引退宣言をしていない本人は、積極的に話したいことではないでしょうし、著者も片山明に気を使い、あえて細かくは聞かなかったのかもしれません。聞いても結局書かなかったのかもしれません。
脳腫瘍がもとで神経を損傷した故・盛田幸妃さん(元プロ野球投手)のように、足を引きずってもマウンドに復帰できた選手はその経過を取り上げやすくても、いまだに車椅子の片山明にそれはむごいと、ファンも思うかもしれません。
しかし、頸椎をヤッちゃって一時は命も危ぶまれた人が、車椅子ながら記者のインタビューを受けて、首を太くするトレーニングをして、プロレス中継を毎週見るところまで回復したというのは、実は同じ怪我の患者ではな快挙といえる回復ぶりなのです。
だからこそ、「実はこんなこともあり、もうだめだと思ったけれど、ここまで来た」という話で元気づけられる、その立場の受傷者や家族だって全国にたくさんいると思うのです。
SWSの補償の話は本当だった
いい話といい意味では、片山明はもうひとつ挙げています。
それは、所属していたSWSについてです。
リングに上がれない彼がどうして今療養できているのでしょう。
その理由の一つは、彼がけがをしたときの団体、つまりメガネスーパーが相当の補償をしているからです。
本書は、それも具体的に明らかにすべきでした。
プロレスメディアは、つくづく「お金」のことがタブーなんだな、と思いました。
まあ、そこを書いちゃうと、他団体はどうなのか、という話になってしまいますからね。
金権プロレスとターザン山本に罵倒され、また事実その側面はあった「お金でメディアを封じる」団体でしたが、一方では、重篤なけが人の生活も責任を持っていたわけで、それは是々非々できちんと書くべきです。
新日本プロレスの当時の報酬について
お金の話といえば、片山明は当時の新日本プロレスの契約内容も明らかにしていますが、これもマニアのためにご紹介したいことです。
2ちゃんねる⇒5ちゃんねるのプロレス板では、新日本プロレスは安定した月給制だが、全日本プロレスは馬場がケチだから1試合いくらのギャラ制だ、などと知ったかぶって書かれています。
しかし、片山明の話によると、新日本プロレスは1980年代後半から、月給制→1試合いくらで何試合保証という契約内容にかわったそうです。
今の新日本プロレスはどうなっているのかわかりません。
が、少なくとも当時の片山明クラスの契約内容はそうだった、ということです。
同じ格の場合、実は全日本プロレスの選手の方が新日本プロレスよりギャラが良かったというのは、すでに全日本プロレスとSWSの裁判で明らかになっています。
ネットの情報のいい加減さを、改めて知ることができるでしょう。
元・新日本プロレス - 金沢 克彦
実録 プロレス裁判 - 別冊宝島編集部
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